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本日の記録・データ

本日・年月日 平成17年6月15日 延日数 第25日
出発地 城崎温泉 出発時間 7時20分
到着地 芦原温泉 到着時間 17時30分
天 候 体 調
走行道路名 県3、R178、R312、R27、R8、R305、
主移動地名
城崎⇒豊岡⇒峰山⇒宮津⇒伊根⇒舞鶴⇒小浜⇒三方
⇒敦賀⇒越前⇒三国⇒芦原
現在(宿泊)地 芦原温泉・角惣旅館
道の駅・PASA 舞鶴  R8河野
温 泉   城崎温泉(足湯、玄武洞宿舎、)  芦原温泉
名所・旧跡
日本三景天橋立  伊根の舟屋  舞鶴引揚記念館  
小浜若狭神社  三方五湖  気比の松原  越前岬

写真集 W

走行関係(km) 燃料関係(L) 金銭関係(現金円) 金銭関係(カード円)
本日表示 6555 今回入油 20.0 本日支出 474 本日支出 9943
昨日表示 6212 前回累計 497.56 前日累計 96453 前日累計 115458
走行距離 343 今回累計 517.56 本日累計 96927 本日累計 125401
総距離 6555  

25日目:Part1(城崎)  Part2(城崎温泉、与謝野) へ     写真集 W  日本周遊ブログ
日本周遊紀行:詳細目次
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日本周遊紀行(197) 城崎 「城崎温泉」

城崎1


鴻の湯
写真:温泉寺へ向かう「薬師橋」にて
温泉街の最も奥にある立寄り湯・「鴻の湯」



「城崎温泉」へ向かう・・、

海岸からではなく、山沿いの県道9号線を行くようだが、かなり急峻な山越えの道である。
途中、「鋳物師戻峠」(いもじもどし峠)という、何とも妙ちくりんな名前の峠があった。 
城崎と竹野町との町境の峠で、一角に「もっこり」という、これ又、妙ちくりんな名前の奇岩があった。 今にも前に落ちてきそうな大岩で、全長19メートル重さ140トンもあるとか。 鋳物師戻峠のその名の由来は「その昔、京の鋳物師がこの峠で大地震に出合い頭上の大岩が揺れるのを見て恐ろしくなり、後戻りして逃げ帰った」・・、と看板に記されてある。


峠を下りきると、見通しが良くなって町並みが見え出した、城崎である。
大タニ川に沿って桜並木が風情をそそる、これらに架かる薬師橋、月見橋も実に美観なる造りである。 湯の里通りの町並みも実にいい・・!!。


車を止めて、この風情をカメラに収める。 すると月見橋の手前「薬師橋」から芳紀なる三人の女性が、色鮮やかな浴衣風着物と駒下駄姿で、ニコニコしながらこちらにやって来るではないか・・! 

「お嬢さん方、写真を一枚撮らせて頂戴・・」 
「ええはヨ・・」
 

関西訛りの快い(こころよい)返事が返ってきた、お互い旅のキサクさであろう。


賑やかな駅前通りから、洒落た造りの「城崎温泉駅」のまえを通り抜け、丸山川岸から今日の宿泊地・国民宿舎「玄武洞」へ向かった。 温泉街の町中で宿が取れなかったのは、チト残念であるが。
宿で湯に浸かり、夕食を頂いて小休止の後、就寝前に再度、夜の温泉街を訪ねてみた。

湯の里通り」のボンボリ灯りの下、ソゾロ歩きの浴衣姿のお嬢さん達の他、さすがにほろ酔い客の人々も目立つ。 
もっとも小生も、どちらかというと「ほろ酔い」であるが。宿主に評判の外湯を伺っていたので、云われたままに城崎名物「外湯七湯」のうち最奥にある「鴻の湯(こうのゆ)」に出向いて見た。

外湯の中で最も古くから開けた湯で、コウノトリが足の傷を癒したことから、この温泉が発見されたという、「鴻の鳥伝説」があり、城崎温泉発祥の地だともいう。 
コウノトリにちなんでか夫婦円満、不老長寿のご利益があり、幸せを招く湯とも言われるが・・?。

比較的大きな駐車場があり、すぐ前に、白壁造りで切り妻様式の純和風の素朴な建物で、落ち着いた雰囲気が嬉しい、500円の入湯料を払う。 
外湯といえども大きな施設であり、気配り簿充分届いていて清潔である。 ロビーも広く明るい雰囲気になっていて、イスやテーブルもシックで感じがよい。 脱衣所は細い竹のムシロが敷かれてい心憎いほど気持ちよく、木製のロッカーがずらりと並んでいてこれまた結構広い。
入湯前から何もかもが行き届いていて、既に心が洗われている。 

先ず、湯船に漬かる。
既に宵も深まっているとはいえ意外に浴客が多い、中には酔客の姿もチラホラ・・、尤も小生もその内の一人なんだが。
広く大きな浴槽で湯は少し熱め、無色透明の湯でさらっとした感じで気持ちがいい。 
飲食後なので長漬かりは無用、湯船の際でゆったりと体を休ませる。 
これだけでも温泉の癒し効果は充分である。 浴槽の前は大きなガラス窓になっていて庭園の露天風呂が眺められ、七外湯の中で唯一露天風呂が楽しめるのも魅力である。 

露天風呂も内湯に負けないくらい大きさで、大きな庭石を組み合わせた岩風呂は野趣満点の雰囲気がある。 露天風呂のすぐ裏は山になっていて、吹き降ろしの風が気持ちいい。


ところで、ある好事家が城崎七湯の外湯人気度を調べたらしい。
それのよると、鴻の湯―76票 、さとの湯―70票、一の湯―36票 、柳湯―30票、地蔵湯―21票 、まんだら湯―11票 、御所の湯―11票、・・てな具合であったとか。

次回も城崎温泉

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日本周遊紀行(197) 城崎 「城崎温泉」(2)

大谷川
写真:城崎・大谿川界隈


城崎温泉にて・・、

志賀直哉が、「城の崎にて」の冒頭に、「山の手線に跳ね飛ばされて怪我をした。 その後養生に、一人で但馬の城崎温泉へ出掛けた・・・ 」と記している。

著者自身、鉄道事故で九死に一生を得た彼はその後、怪我の養生のために城崎温泉に滞在している。 
その時の体験が、小動物の死生観に重ね合わせて描いたとされる「城の崎にて」の短編である。 
末尾には、「生きている事と死んで了っている事と,それは両極ではなかった。それ程に差はないような気がした。」と結んでいる。
“小動物の死生観て・・??”、小動物も人間も、同じ地球上に生を受けた「物」として、生死の価値はあまり変わるものではない、というところか・・?。

志賀直哉(しが・なおや 1883-1949・宮城県石巻生まれ)が「城の崎にて」を書いたのは、ここにきてから東京へ戻った4年後のことであった。 それだけに「城崎温泉」の印象が鮮烈だったのだろう。
大正2年、志賀直哉は初めて城崎を訪れた。 東京・山手線の電車にはねられて重傷を負いその後養生のために3週間滞在したという。

谷合いに、「くの字」にひらけた湯の町で、温泉に浸かり、ぶらりと町を歩く、川沿いの柳が芽吹き、桜が花開く。 夕刻ともなると和風木造の旅館街にぼんやりと灯が入り、外湯を巡る浴客たちの下駄の音がなつかしい。 
志賀直哉の定宿だった「三木屋」は、湯の町・城崎でも一段と奥まった大谿川(おおたにがわ)の畔、雰囲気漂う“木屋町通り”の一角に三階建ての純和風の建物である。 かって、三木屋のご当主は町長もつとめたという。  
志賀直哉は生涯に十数回この地を訪れていて、「 温泉はよく澄んで湯治によく、周囲の山々は緑で美しい。おいしい日本海の魚を毎日食膳に出し、客を楽しませてくれる。人の心は温かく、木造作りの建物とよく調和している。 」・・と手記に記している。

小生は、1986年(昭和61年)子供及び両親を伴って、北陸、山陰を巡った際に城崎を訪れている。 
宿泊した旅館は当時NTTの保養所で「城崎荘」であったが、現在は、NTT民営化による合理化にともなって民間に譲渡されているようである。 
それでも城崎荘は、現在でも立派に営業をされているようで、場所は奇しくも三木屋の隣に位置しているようであった。 
当時は慌しい旅程であったが、この風流な温泉街の印象は今も残っている。
  

城崎の温泉街は大谿川の流れに沿って軒を連ねる。 
その町並みは木造建築の旅館がほとんどで落ち着いた本来の日本情緒を醸し出している。
平安期・1300年の歴史に裏打ちされた格式を感じさせる日本でも数少ない温泉街であろう。
大谿川を中心に、約100軒の旅館や土産物屋、飲食店が並ぶ、これらは昭和初期の温泉街の情緒が今でも残っているのである。
川には弁天橋、桃島橋、柳湯橋と名の付いた弓形の石橋がいくつも架けられ、両川端には柳の並木が一層、旅心を誘うのである。


頃合になると湯の町は華やいで、観光客や酔客が浴衣や丹前に着替え、各旅館には温泉浴場が有るにも関わらず、その風情に誘われるように外湯へと導かれるのである。 
浴衣がけに下駄履き姿の旅の客が外湯巡りにそぞろ歩く、カランコロンと下駄の響きも軽やかに外湯にくりだす光景は城崎独特の風情で哀愁さえ感じる。

大谿川に架かる石造りの太鼓橋に目をやれば、浴衣を羽織って佇む若い女性の姿がボンボリの灯りに照らされて艶かしく、しなやかに垂れ下がるしだれ柳は湯の町の女性の色香を悩ましいほどに引き立てているのである。
中でも大谿川にかかる石造りの太鼓橋は、両岸のしだれ柳とともに城崎を形容するシンボルでもある。

次回も、更に城崎温泉      Part2(城崎温泉、与謝野) へ

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